以前、「メンタルモデルがすごい。これは究極のインナーチャイルドケアだ!」という記事を書きました。
この「メンタルモデルのひもとき」をセルフヘルプで実践できるワークブック。

自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト
(Amazon)
これが、すごかった。
どうすごかったかというと
「自分を責めずにフラットでいられるようになった」。

私は、テストで95点をとると「どうしてこんなくだらないミスするの!これがなければ100点だったのに!」と責められる家庭で育ちました。そして100点をとると当たり前。「次も頑張って100点取りなさい」。
うーん。つらい。
ほめられたい。
「95点取れるなんて偉いね」って言われたい。
むしろ0点でもハグされたい。よしよしされたい。
ぺたぺたくっつきたい。(人とくっつくの大好き)
何をお伝えしたいかというと、私は何か小さな(人生視点から見ると結構どうでもいい)ミスをしたときに「どうしてこんなミスをしてしまうんだ」と自分を責めて、クヨクヨ引きずる癖(パターン)があったこと。
そんなことはどうでもいいのに。
実際には大したことではないのに。
そこで悔やむ必要ないから、別のことに時間やエネルギーを使えばいいのに。
メンタルモデルのワークは、実にこの「必要なことに時間やエネルギーを使えるように解放してくれる」を可能にしてくれました。

こんな感じで、書き出していきます。
(リアル自分でやったシートなので、字がぐちゃぐちゃで汚くて申し訳ありません……)
そうすることで、自分の内側が整理されて「こうしたい」「じゃあこうすれば」みたいなところがシンプルにつながるようになるんです。
「こうしたい」「でもそれじゃ、失敗するかもしれない……無理だよ」ではなく、「こうしたい」「じゃあそうしよう」になる。シンプル。

卑近な例を一つ挙げると、私は先日「財布を忘れて愉快なサザエさん」をやりました。
みんながわらってる~
こいぬもわらってる~
ルールルルッルー今日もいい天気~♪
財布のないことに気づいたのが、一人カフェでお茶をいただいた後。
真っ青です。
今までの私ならこう思っていたでしょう。
「財布を忘れるなんて恥ずかしい!どうしてこんなミスしてしまったんだろう! ああ、どうやって説明しよう、どうしたらいいんだろう、でも店員さんに迷惑かけてしまう、『この人財布なんて忘れてバカみたい』って思われるかもしれない、どうしようどうしよう、ああどうしてこんなことになっちゃったんだろう」
まさに、メンタルモデルでいう「不本意な現実」です。
でも、メンタルモデルワークブックをやった後の私はこう思いました。
「あれ、財布がない。仕方ない、店員さんに事情を説明してみよう」
事実として財布はない。その場にお金はない。もちろん電子マネーの類もない。
とりあえず現状では支払えない。だから相談してみよう。
そうフラットに思いました。
店員さんに事情を話して「今から家に戻って財布を取ってきてもいいですか」と提案しました。すると店員さんは気持ちのいい笑顔で「わかりました。ではお名前と電話番号だけ教えてください」とおっしゃいました。
なので、私は名前と電話番号を書いて、店を後にしました。
そして自宅に戻り、財布を取り、カフェに戻ってお金を払いました。
店員さんは笑顔で「またお越しください」と言いました。
フラットです。ただ「ある」。
ここで以前の私なら「店員さんは笑顔で見送ってくれたけど心の中では『あの人財布なんて忘れて恥ずかしい』と他の仲間と私を笑っているかもしれない」とモヤモヤしつづけたことでしょう。
もしかしたら、実際にそういうことが起きていたかもしれません。そういう可能性もゼロではありません。
しかし、メンタルモデルワークブックをやった後の私は「そういうこともあるかもしれない。でも、それもあっていい。そして私は私で、できることをやればいい」とすっきりしていました。
ミスしても現実を淡々と対処して、後に引かない。
すばらしい。

自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト
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私がこのワークブックで一番刺さったのは、11章の「3つの自己の統合」。

この3つの自己をバランスよく使っていけると、望ましい現実を創造できる。
私はこの自己のうち「幼子」を「大人」が抑圧してしまっていることに気づきました。
例えば、ある人が連絡を後回しにしてなかなかくれなかったとき、幼子はこう言います。
「私を大切に扱ってくれないのは嫌だ!『自立してて飄々としててクールでかっこいい』だなんてイメージで見られて、放っておいてもいい人って思われるの嫌だ、一緒にいてくれない(≒連絡をくれない)の、さみしい!!」
そんな幼子の叫びに、大人はこう言います。
「そんなこと言っちゃダメよ。あの人は忙しいんだから。他の人を優先して私を優先してくれないという面は確かにある。けれども、連絡をくれただけで十分ありがたいでしょう? いつも笑顔で感謝よ」
この完膚なきまでの正論で、幼子の感じていることは抑圧されます。
その結果に何が起こるかというと、抑圧された幼子の暴発です。
「いっつも私のことかまってくれないじゃない!ひどい!!!」
この感情的暴発を受けた相手は、大抵面くらいます。そして「いや、いつもかまっていないということはないよ、この間だって会ったじゃないか」と冷静に正論を展開します。
しかし幼子の暴発は止まりません。抑圧されてしまったエネルギーは荒れ狂います。
自分の正当性を主張するためにありとあらゆる記憶を引き出し「2018年の地震の時だって連絡くれなかった!」と相手の過去の過失を責め、論文による学説を引き出し(笑)具体的な数字を示したデータを提示しエビデンスを主張しだすわけです。
私は「感情でものを言うな」という家庭に育ちましたので、話を聞いてもらうには「とにかく数字でデータでエビデンス」なわけです。当然のことながら、心は通わないし満たされない……。そういった貧しいコミュニケーションのパターンを、構築してしまっていました。悲しいです。
その結果、コミュニケーションは成り立たず、相手との関係は崩れます。(メンタルモデル的に表現するなら「分離に終わります」「やっぱり世界に愛は『ない』」。)
ですから、幼子を抑圧すると望まない不本意な現実を引き起こしてしまいます。そうしないためには、まずは「ある」を認める。幼子が「嫌だ!」と言っていることを抑圧せずに、受けとめる。
「そうか、連絡がもらえなくてさみしいんだね」
そして、大人はその感覚を受け取って、相手に配慮した表現で伝える。
「連絡がもらえなくて、私さみしいわ。あなたと会いたいな」
更に賢者の視点から見れば
「今起こっていることは必要なこと。自分の感情をためこまずに穏やかに表現して相手に伝えるために起こっているミッションだね」と理解できる。
こうすれば、コミュニケーションはなりたちます。
ハグしてもらえます。よしよしされます。
世界が愛に満ちます。
(メンタルモデルの類型をご存知の方は気づいていらっしゃるかもしれません。私は典型的に「愛なしモデル」です)
自分自身とのつながりが切れたら、すべてとのつながりも切れてしまいます。
「自分のありのままを無条件で感じていい」というゆるしは子どものときの育つ過程においてほぼ失ってしまうから、意識的に取り戻していく必要があるでしょう。
分離した意識の中で、誰もが「自分の中にある真実」を抑圧して、他人とうまくやろうとしています。自分の内側にあることを正直に明かしたら、相手を不快にしてしまう。それによって関係性が危うくなるくらいなら隠しておくほうが安全だ、というわけです。
本当は「ありのままでわかり合いたい」と思っているのに、人と深くつながることができないし、人とわかり合えずに分離してしまう。
ありのままの自分の真実を自分が受け入れるところからしか、つながりは始まりません。
お金の不安と恐れから自由になる! – 人生が100%変わるパラダイムシフト p162
すごい。
メンタルモデルすごい。
世界は愛に満ちますよ。なぜなら私が愛に満ちるから。
(内側の)思念が(外側の)現実を作るのです。
真理って、すごい。
宇宙は愛だ。
おわりある人生
一番大切なことは
愛する人に愛されているかどうか
ということだ
KAN「めずらしい人生」

このメンタルモデルのワークをみなさんと一緒にオンライン(Zoom)グループでやりたいです。
今から2日後の10月19日にご案内を公開します。

名付けて「のんたん会」。
ぜひあなたも、のんたん会の仲間になってください!
みんなでつながって楽しく過ごして参りましょう🥰

ザ・メンタルモデル
痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー
由佐美加子 (著), 天外伺朗 (著)


