生きてても、ほぼ浮遊霊 一億総浮遊霊化の恐怖

スピリチュアルブログ

最近ね、馬乗るとき思うんですよ。
「この子、朝のホームにいるサラリーマンと同じ顔してるな」と。

写真AC

ぐったり。
やる気なし。
無気力無感動。

(そして仕事(レッスン)が終わると「ヒャッホー!にんじんにんじんにんじん!はい、かゆいとこかいて今日はここ!ああ~んマッサージ最高ォ~!!」と馬が変わったように生き生きします……😅)

同じく人間を見てると思うんです。
「この人たち、浮遊霊なんだか人間なんだか見分けがつかないな」と。

ぐったり。
やる気なし。
無気力・無関心・無感動。

浮遊霊というのは、だいたいこういう感じです。パッとしない。
霊を怖がる人がいますが、浮遊霊なんて怖くないですよ。あんな無気力じゃ何もできないです。(ポジティブで元気な人は霊にとりつかれないので大丈夫です✨)

「生きてたくないけど死にたくもない」
浮遊霊はその思念がそのまんま残ってるから、天(光)にも戻れないし、肉体にも戻れない。

ずーっと面白いことも楽しいこともないまんま、半永久的にこの世界を漂ってる状態です。
私から見ると、シンプルに地獄。

天に戻ればシンプルに光なんですよ。
天に戻れば極楽なんですよ。浄土なんですよ。天国なんですよ。
なのに、天に戻らないで(好きでもない)この世界にずうっととどまってる。それは「生きたくもないけど死にたくないから」。

もう死んでることにすら気づかない。
だって、身体感覚がマヒしてるから。
自分の身体の声なんて、わからない。

心や体とつながってないから、肉体を離れたということすら認識できない。

カップラーメン食べてスマホゲーやっていたら、それはそうなります。
誰だってそうなります。私だってそうなります。
感受性(身体感覚)が鈍ると、死んだ後に光に戻れなくなります。

私は武道や乗馬をやっていますが、はじめたのは「身体感覚を磨かないとまずい」という危機感。それが理由の一つです。

このAI時代に心身の感受性が鈍っていたら、社会に自分の居場所はなくなるし、生きてる意味はなくなってしまう。そんな危機感から「体を動かさなければ」と思ってはじめたのが乗馬であり武道です。

じぶんでできる浄化の本
じぶんでできる浄化の本(Amazon)

先日除霊よりも、してほしいことでもご紹介した、神人さんのじぶんでできる浄化の本
こちらの本でも、運動を通じた浄化について紹介されています。そう、身体を動かすと邪霊を体から追い出せるんですよ。運動って大事。

ただ、その前提として「体が喜ぶ運動をする」ということがあります。体が喜んでいないのに「毎朝30分のウォーキングをします」と強制的に日課にするのでは、浄化になりません。ですから、ここでも体の声を聴ける身体感覚が必要になってきます。

自分の身体の喜ぶことを、知る。
水泳が楽しいのか、走るのが楽しいのか、キャンプが楽しいのか、知る。
海にいたら楽しいのか、山にいたら楽しいのか、川にいたら楽しいのか、知る。

「自分の身体が喜ぶ運動がまだわからない」という方は、白光の誓いをお勧めします。

白光の誓い

自分を愛して 他人を愛します
優しさと笑顔をたやさず
人の悪口はけしていいません
長所をほめるように努めます
南無白光観世音

天国言葉もおすすめです😊

こうやって、言霊(言葉)で光を入れていくと、心にだんだん光がともるようになります。

斎藤一人 明るい人だけが成功する
(Amazon)

心に従いすぎると、カッとなって自分を制御できなくなるとか、暗闇をどこまでも落ちるとか、悪いほうに引きずられてしまいます。

人間はなにもしないでいると、すぐに悪い方、暗い方に心が取られます。不安や恐れを抱きやすい生き物なんだよね。(中略)

だからこそ、うまくバランスを取るために、意識的に明るい方へ軌道修正してあげなきゃいけない。嫌なことが出てきて、不安が膨らんだとき、恐くて感情が暴走しそうなときは、自分で上手くコントロールすればいいんです。

生活のなかでも、夕方になって家の中が暗くなれば、電気をつけます。
そんな感じで、暗い気分に傾いたら、すぐ心に電気をつける。そうすれば、心に振り回されることはないんだ。

心の電気をつけるって、難しいことではありません。
上気元じょうきげん(一人さんは、上機嫌のことをこう書きます)でいられるように、自分で自分の機嫌を取ればいいんだよね。

斎藤一人 明るい人だけが成功する p25~27

浮遊霊の何が問題って、目にも心にも光がないことです。
一言でいうなら、陰キャ。

仮に、内に光があれば、肉体を離れた時に内と外の光同士で共鳴しあって「あちらにいけばいいんだ」と迷わず光の世界に戻っていけます。お迎えに来た人(ペット)の「一緒に行こう」にも、スムーズに反応できます。

光がないから、「生きたくもないし死にたくもない」なんです。
そして死んだ後も浮遊霊になって自分が何してるのかわからず、ずうっと無気力に漂う。
光があれば、すぐ素晴らしい(自分本来の)姿に戻れるのに……。

魂は、光です。
あなたも、光です。
それを忘れたのが、浮遊霊です。

写真AC

私、朝のホームを見てると本当に愕然とします。
どれが浮遊霊でどれが人間か見分けがつかなくて。
みんな無気力・無関心・無感動で。

この生きてる人たちも、このまま死んだら浮遊霊になるんだろうなと思います。
だから、現代はこんなに大量の浮遊霊があふれているのだなあと思います。
生きるも地獄、死ぬも地獄。

死んだあとは、光に戻れば幸せです。
自分本来の姿、魂の姿に戻って、光に戻って、あたたかくて居心地よくて会いたい人みんなに会えてみんなから認めてもらえて必要とされて受け入れてもらえる。

あの最高の場所を、みなさんに体験してほしいです。もっと正確にいうなら、そここそが自分の本来の居場所で、光こそが自分本来の姿であると思い出して・・・・・ほしいです。

それができないのが、自殺した人や浮遊霊になった人。

あなたも死ぬときはどうぞ、光をもって死んでください。
安心してくださいね。光を忘れずに死ねば、ちゃんと光の世界に戻れます。
途中で人生投げ出すことなく生ききれば、「よくやったね、お疲れ様」とお迎えが来ますよ。

浮遊霊になるとつらいです。
「生きたくないし死にたくない、何もしたくない」
これが永遠に続くんですから。

私は、みんな光に戻ってほしいです。
光の世界は最高に素晴らしいです。
すべて満たされて、生きてた時の苦労なんて吹っ飛びます😆

ですから、生きてるうちから光に戻る準備をしてください。
共に、生きてるうちから自分の内の光とつながって参りましょう。
それを助けてくれるのが、身体を使うこと(運動)であり、天国言葉です。

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