次の一年の学びを映し出す~驚異の占い 年筮 

一年の課題をあぶりだす年筮

早いもので、あと1か月で冬至となります。
易占いでは、冬至に次の一年の運勢を観るために卦を立てます。これを年筮と呼びます。

私も冬至にこの年筮を立てているのですが、これがまた大変興味深いのです。

「一年を占うって、悪い結果が出たらどうするの? そんなの一年不安になるし嫌です」
こんな風に思われた方もいらっしゃるかもしれません。
そこで私の話を聞いてください。

ここ2年間というもの、最悪の年筮が出続けた私の話を。

凶:家を失い泣き叫び、栄えた家は荒れ果てる

易経って、何が書かれているか見たことはありますか。
一つ一つはシンプルな文章なので、ネットで検索してみればすぐ易の全文を見ることは可能です。

ぜひ一度見てください。
厳しいことがたくさん書いてあって、心が折れます。笑
とてもではありませんが「癒される」とは形容しがたい内容です。

例えば、私はよく離為火の四爻が出ます。
こんな卦です。

突如其れ來如。焚如。死如。棄如。
(突然、焼かれて死ぬことになる。屍は捨てられる)

えっ、怖い。
焼かれて死んでしまう?
何度もこの卦が出てますが、焼かれて死んでないですよ。的中してないです。怖い怖い。

なぜ易がそのままでは当たらないのか。その理由は、易経は古代中国で作られた文章なので、古代中国人の生きてきた厳しい環境に適した表現となっています。なので、現代に使うにはきちんと翻訳して現代語にカスタマイズする必要性を感じます。

例えばこの恐ろしい離為火 四爻は何を伝えたいのか現代的に読み解くと――「いらないものに執着してはいけないよ、浄化の炎が今あなたを包んでいるのだから、不要な物や関係は潔く手放しなさい」と言われている時に出る卦だな、と。

これは東洋の占いに限らず、西洋占星術でもそうです。例えば「土星は不運の星」という古典的解釈は、今の時代、特に魂の発達した人には当てはまらないと感じます。精神性が発達した人は「運が悪い」ではなく、「自分を磨いてくれる学びなのだ」と受け取るはずだからです。

年筮でこれからの一年を占う場合も、易経の説明(吉・凶)そのまま受け取るとずれてしまうなと感じています。ちゃんと現代風にかみ砕いて「魂を磨くにはどうしたらいいかを教えてくれているのだ」という視点で読み解く必要性を感じています。

そのことを教えてくれたのが、ここ2年ほどの「最高に運の悪い凶の卦(年筮)」でした。

一昨年の冬至に出たのはこちらの卦。

鳥其の巣を焚く。旅人先には笑い、後には咷き號ぶ。牛を易に喪う。凶。
(思いあがっているので痛い目にあう。初めは笑い楽しんでいても、後には泣き叫ぶことになる。財産を転機で失う。凶)

火山旅 上爻

去年の冬至に出たのはこの卦。

其の屋を豊いにし、其の家をおおう。其の戸を窺えば、げきとして其れ人なし。三歳観ず。凶
(大きな家を建てて昔は豊かであったものが、今はすっかり荒れ果てたゴミ屋敷。人の姿も三年見ない。凶である)

雷火豊 上爻

きつい。
実に厳しい。
希望の光もない二年間が易では確約されてしまいました……。

そんな私の二年間が、実際に凶に満ちて不運不幸だらけだったのか?
いやいや、そんなことはございません。むしろ、お陰様で素敵なお客様に囲まれて楽しい二年間を過ごすことができております。縁をくださるお客様のパワーで災い転じて福となしたのかもしれません。

お客様と食べるゴハンは何よりもの幸せ~♡

幸運を運んでくれるお客様の魂の輝きに感謝です。
キラキラな陽キャに生きてくださってありがとうございます。
あなたの明るい心の光は、(私を含む)周りの人を幸せにします。

ですから、この二つの凶の年筮は「易経に書かれていることをそのまま文章通りに受け取ってしまうと、現代では的外れになってしまう」という現象を強く感じる結果ともなりました。

易の卦をそのまま文章通りに読むと信用性がない占いとすら思われてしまうかもしれません。そんなことはありません。易経は時の移り変わりを教えてくれる叡智あふれる書物です。

上の二つの凶の卦には、意味がありました。
確かに去年今年と私に学びをくれる「気づきの卦」でした。
必要でこの卦が出たのだ、と二年間を過ごした今はわかります。

この二つの怖いことが書いてある卦は「こういう状態に目を向けなさい」と教えてくれていました。

例えば、一昨年の卦は「旅人は初め笑い楽しんでいたが、後には泣き叫ぶ。財産を転機で失う」とあります。
確かに、私は泣き叫んでいました。そして財産を失いました。なぜなら、15年ほど過ごしたリンデンバウムサロンを手放したからです。

「淋しい。淋しい。離れたくない」
私自身は最後までめそめそしていました。が、サロン自体は「もうここでの役割は終わったのだから、あなたはもう来なくていいわよ」とすごくクールなエネルギーを湛えていました。そして建物はあっさりと取り壊されました。

「ちゃんと手放しなさい。執着してはいけません」
このことを、火山旅 上爻は教えてくれていたのです。

人でも物でも土地でも、深い縁があったものであっても手放すときは来る。万物が流転する物質世界に永遠はない。
この世界にあるものは、手に入れて存分に味わって楽しんでいい。しかし、執着をしてはいけない――そう教えてくれていたのです。

写真AC

そして今年の卦、雷火豊 上爻。
「大きな家を建てたものの今はすっかり荒れ果てたゴミ屋敷」

これは、実は自分の身に起こったというよりは、そういう状態を目にする機会にたびたび遭いました。ゴミ屋敷や廃墟を目にすることが。

ある日、夢を見たんです。
森の中に道路が通っている温泉郷を歩いていて、橋を渡って、左手に大きなホテルが見えてきて。
そしてそのホテルに近づいてみると、見事に廃墟。

大変印象的な夢だったので、起きてからも記憶に残りました。
そして、3か月くらい経った後にこんな動画を視ました。

えっ。ちょっと待って。

札幌★解体8月号天人峡ホテル、チロリン村、鈴蘭ビル、向陵中学校、亜珈里など – YouTube

この風景……私、見たことがある。
ここに行ったことはないのに。

そう驚いてグーグルマップで確認すると、まさにここ。
夢で見た風景、そのまま!

天人峡温泉 – Google マップ

ここは1900年(明治33)に開業して、2018年に廃業したホテルです。
まさに、雷火豊 上爻。
其の屋を豊いにし、其の家を蔀う。其の戸を窺えば、闃として其れ人なし。三歳観ず。

このホテルは、現在解体中とのこと。
解体後は公園として生まれ変わるそうです。

タロットでも死のカードは不吉な終わりだけではなく新たな再生、生まれ変わりも示唆しますよね。
雷火豊 上爻もまさに豊かさが極まって終わるところ。そしてまた新たなフェーズに移り変わっていく時期と言えましょう。

年筮に出た卦の内容を夢で見る。
その夢の風景を現実で見る。
たいへん不思議な体験でした。

写真AC

他にも今年は、部屋をゴミ屋敷にしてしまう片づけられない人と遭遇する機会が妙にありました。

そういう人は、精神が混乱していることを現実にも映し出すので掃除ができない≒整理ができないのだな、と感じます。掃除すればそれで解決というわけではなく、病んだ心を癒さなければまたゴミ屋敷にしてしまう。

掃除ができないという状態は「メンタルを健全に保ち、光を持って生きることの大切さ」を教えてくれます。

具体例を一つ。70代の女性経営者の話をしましょう。現在も華やかな容貌で、若かりしころはさぞかし魅力的なビジュであったろう女性です。

しかし、この方の現在はまさに雷火豊上爻そのもの。どんどん落ちぶれていっています。
バブル期に建てた豪華な社屋は老朽化し、社員はコロナを期にどんどんやめていきました。パトロンであった実業家が90代で死去したため、彼に恩義を感じていたスタッフは勤め続ける義理もなくなりました。

片付けのできない(≒精神面が混乱している)女社長がトップの社内は雑然とし、バックヤードはまさにゴミ屋敷化が進行しています。私が戦慄を覚えたのが何年置かれているのかわからない胡蝶蘭の鉢植え。「祝40周年〇〇様」という朱と金にふちどられた札の華やかさも枯れた鉢植えに不気味なコントラストを添えています。

この女性経営者はいわゆる「ビジュがいい人」です。
若い時はそのエロス資本で、いただき少女りりちゃんのように年上の男性から財をたっぷりと与えられてきたのでしょう。

しかし、20歳年上のおぢも自分が70歳になったら90歳です。
いくら整形して美容を頑張ってビジュを保っても、70歳になってコミュニケーション能力が低い人(≒徳のない人)は「一緒にいたい人」にはなりません。従業員はやめていくし、彼女のために働きたいと思う人は、正直あまり見当たりません。

今の時代に陰徳を積むには「聞き上手であること」が一番です。
一方でこの女性経営者は、相手に興味を持って話を聞こうとするよりも自分のバブル時代の華やかな話を積極的にします。ネットスラングでいうところの「隙あらば自語り」です。

今の時代は話す能力よりも、聞く能力のほうが大切。実際にコミュニケーション能力が高くて好かれる人は「自分の話:1割 相手の話:9割」ができます。

伝説の投資家、ウォーレン・バフェットもそんな人の一人です。

億万長者をめざすバフェットの銘柄選択術(Amazon)

バフェット氏は、コミュニケーション能力が高く聞き上手。彼の話、投資哲学を聞きたくて人はバフェットの元を訪れるのに、気が付いたら自分の話ばかりしていてバフェットの話を聞けなかったと悔しがる人もいるくらいです。

コミュニケーション能力が高い人は、興味を持って相手の話を引き出す。
大きなわかりやすいリアクションで豊かに相手の話を聞く。
これこそが2020年代の開運術。

それとは真逆の行為、50年前の自慢話をする女性経営者を見ていると、雷火豊 上爻の教訓が心に響きます。
年齢を重ねる間に精神的に成熟できない人は、こんなにも悲しい老いを迎えるのだと。愛ある人生にはコミュニケーション能力が大切なのだと。

私は、バフェット氏のように人の話を聞いて共感できる年配者になりたいです。
自分の話をするよりも、相手の話を喜べる人間になりたいです。
「人が苦手」ではなく「人が好き」と言える人生を歩みたいです。

大変身に染みる学びでした。

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私たち、選べます。
自分がどうしたいのかを選べます。
選択によって自分が望む人生を作れます。

しかし、大抵の場合「あなたはどう生きたいの」と言われると、困ります。
そんなふわっとしたこと言われると、困ります。
「どうって言われても……」と。

その一方で、「あなたは幸せになりたいの、不幸になりたいの」と言われると、選べます。「あなたはこのままでいたいの、変わりたいの」と言われると、選べます。「あなたは寝たいの、起きたいの」と言われると、選べます。

二つの状態を示してもらうと、たやすく選べます。

上の例に挙げた女性経営者は「大金持ちの男性から寵愛を受けても、コミュニケーション能力が低い人間は徳を積めないので人望が得られない」ということを大変わかりやすく示してくれました。お手本、見本になってくださいました。

彼女がいてくれることで「こういう老人になると寂しくていやだな、自分は周りの人と愛ある関係を築きたいな」とわかりやすく感じることができました。自分の望む選択肢がくっきり見えて言語化できました。

こういう一見「嫌だなあ」と思うような人が目の前に現れてくれることは非常にありがたいことです。なぜなら、自分自身がそうなる前に「自分はこうはなりたくないのだな」と教えてくれるからです。言い換えると、自分がそうならないように警告してくれる非常にありがたい役割を負ってくださっている存在と言えます。

人は、鏡。
学びをくれるご縁に感謝です。
人と関わることで魂は磨かれます。

苦手な人こそ尊い師

人生の悪役の登場に感謝する。
それを教えてくれるのが、大ヒットしているドラマ「極悪女王」。

このドラマでは稀代のヒール(悪役)レスラー、ダンプ松本を描いています。

ドラマの中で、そして1980年代に現実で、ダンプ松本は大悪役でした。
リングに立つと「帰れ、帰れ、帰れ」と観客から大合唱されました。嫌われて誹謗中傷されて卵が投げられました。

日本中から嫌われる。
想像できますか。
どこに行っても嫌われ者。

全く知らない人からまでも、自分の存在を否定される状態。

でも、上の動画で説明している通り、ダンプさんが好き好んで悪役を演じていたわけではありません。
ドラマのセリフ通りに「ウチらみたいなやつらが生き残るには これしかねえんだよ」。心を鬼にしてヒール・ダンプ松本に扮していたのです。

現実の「こうなりたくないな」と思う人も、ある意味ではダンプ松本と同じです。自分の人生劇場におけるヒール(悪役)。

あくまでも、魂が肉体をまとうことで波動を落として演じてくれているヒールです。
自分が正しい選択をしやすいように導いてくれている役割で、縁ができて自分の目の前に現れてくれているのです。

罪を憎んで人を憎まずといいますね。
なぜ人を憎んでも意味がないのか。それは役割に過ぎないからです。自分の目の前に現れる人は、自分の人生の気づきに必要な役割を演じてくれているだけなのです。

そこを理解した上で、感謝して、愛のある選択をしたいですね。

閑話休題。
冬至にたてる年筮は「次の年に起こること」というよりも「次の年に注目すべき点」を教えてくれていることが多いと、実体験から感じております。

吉の卦が出たらラッキーで凶の卦がでたら終わり、という薄っぺらいものではない。もっと深く読み込んで「今自分の魂が何を必要としているのか」というヒントをくれるものであると。

例えば、この二年間とは真逆の大吉な卦「地天泰」が出た年もありました。しかしその年が全てラッキーで上手く回ったかというとそんなことはなく、「バランスを上手くとること、中庸の徳を意識すること」これがテーマで地天泰という卦を得たのだなという感想です。

ですから、年筮で立てる卦は単純な吉・凶というより「次の年に何に目を向けたらいいのか」という天からのお告げだと、受け取るのが適切かもしれません。良い・悪いで割り切れるものではなく、あくまでも自分がステップアップするための着眼点を教えてくれるのが年筮ととらえております。

次の一年を魂のステップアップに 光の年筮

あなたの来年のテーマを占う冬至の年筮。
リンデンバウムでは、一人一人の魂の学びに合わせ、今の世に合った形でその意味を解釈してお伝えする「光の年筮」をお立てします。

「光の年筮」をご希望の方は太極セッションをご予約ください。「光の年筮希望」と備考欄へお書き添えください。立筮(易を立てる行為)に必要なため、現住所も併せてご記入願います。

21日のお申し込み多数の場合、14時以降、または21日以降で日程調整をお願いする場合がございます。
21日以降にセッションを行う場合、光の年筮は21日(冬至当日)中にお立ていたします。後日セッションでその結果をお伝えする形になります。

12/21当日の「光の年筮」予約枠は
14:30~
16:00~
残2枠となっております。
こちらの枠をご希望の方は、ご予約の際に「12/21 時間いつでも可」でお申し込みください。具体的にどちらの枠が良いと希望がある場合は、備考欄にその旨をお書き添えくださいませ。

(普段は10:00~14:00の受付ですが、冬至の日だけ特別に拡張して16:00まで受付とさせていただいております)

本気で一年の運気を上げたい方のために、良い気を取り込む冬至の日の過ごし方も特別にお伝えします。(メールにて冬至数日前にお伝えします)
ぜひ、天を味方につけて良き一年をお過ごしください。