AI時代に復権する「恋愛」

スピリチュアルブログ

私は昨年11月から今年1月まで、グループワーク「のんたん会」を行いました。
そこでは、メンタルモデルワークブックをみんなでやりました。

ザ・メンタルモデル ワークブック:
自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト
(Amazon)

ある日私はメンタルが劇落ちしたので、このワークブックのワークシートをもう一度やりました。
詳しい説明は下の記事に書いた通りです。

とにかく、自分にモラハラしない~メンタルモデルワークブック
私は、最近二人の経営者の失墜を目の当たりにしました。そのことが大変辛くて、メンタルが落ちてしまいました……。詳しい経緯はこちらの記事に書いた通りです。メンタルが落ちてしまったその時、心を整理しがてらメンタルモデルワークの12章ワークシートを...

そのワークシートがこちら。

メンタルモデルワーク

最後に出てきた言葉は

すごい一言ですよね。

メンタルモデルワークでは、この「痛み」をどうにかしようとはせずに、ただただ「ある」ものとして感じます。

あるものはある。
痛みはある。
痛みはあっていい。

そうやって感じていくことで、痛みがあっても大丈夫であると体得します。
そうすると、ほどけていくのです。

今回は、その痛みがほどけていった結果「恋愛」というテーマにつながりました。
以下がその仲間とのやりとりです。

のんたんへ

おはようございます。

12章のシートのシェア、ありがとうございます。
とても分かりやすかったです。

メンタルモデルワーク

こちらをを読んで感じたことを少しシェアします。

「失敗からこそ学べる素晴らしい人生の価値を信じていないから」という言葉を見た瞬間、なぜか涙がポロポロと流れていました。

どうやら、私も腹の底では信じていないことに気付かされたようです。
私にはマネジメントに失敗した過去があり、それを失敗だったと本当には認めていなかったことも同時に湧いてきました。

過去の私は、私自身を、女性である私を、否定した家族を見返すために仕事をしてきたようなものです。
失敗=負け。だから失敗するわけにはいかなかった…

今は、家族に対してずっと引きずっていた強い感情もなくなり、随分穏やかな日々になりましたが、何となく喉に小骨が刺さっているような違和感と物足りなさを感じていました。

のんたんからのメールのお陰で、
「あ、これを飛ばしていたんだ!失敗したこと、失敗から学べる人生があること認めることができていなかったんだ!」
と気づきました。

その気づきにより、私は失敗を罰として捉え、
あの時別の選択をしていたら成功していたかもしれない…
と心のどこかで引きずっていたことを発見しました。

少しずつ心の平穏を取り戻す感覚を間違いなく感じているので、過去のような状態に戻りたいとは全く思いませんが、私が選択した道はただでさえ不慣れで怖さもあるのに後悔あったからうまく前にも進めていなかったのだなと。

他にも色々発見があり先週から少しずつ私の生活の中に動きがでてきています。
メンタルモデルワークが終わってからもそこでの気づきが日常生活の見方が変化したり、より細部まで気づくようなったりしたからかな?と感じています。

以前、基礎講座で〇〇〇〇だと教えてくださいましたが、何だか不思議なことが増えている気もしています。

こうやって書いていると、失敗が天からのギフトにも思えていました(^^)
そして書き始めると止まらなくなるものですね(笑)
今日はこの辺りで失礼します。
のんたんの12章のシェアに感謝、感謝です。

季節の変わり目ですので、お体を大切になさってくださいね。
それでは、来週のゆるのん会を楽しみにしています。

アン

>過去の私は、私自身を、女性である私を、否定した家族を見返すために仕事をしてきたようなものです。

それにしても、明治からの家父長制というのは男も女も深く傷つけてるね。
日本人は元々もっとゆるい民族なんだから、そんな男がマッチョに生きてたら歪むわよねえ。

ヤマトタケルは女装するわ
光源氏は泣き崩れて「もうやだしにたい」だわ

そんな男の中の男なんて基本おらんのよ。日本の男には。
(情が絡めば強かったりするけれども、ロジックでドライになんて動けない)

きりちゃんも似たベクトルのことを書いていたんだよね。
きりちゃんは優秀な女性たちが能力を発揮できない鬱積を家系から受け継いでる。
今までのアンちゃんも、そういう家系の歪みを糺す役割があったのかもね。

昭和後期~平成初期生まれくらいの女性は、そのテーマを背負っていると思う。

負けるって大切だよね。
負けて勝つ、譲って通す。
それが本来の女性の強さなわけで。

最後は女が勝つ。
それは、柳のようなしなやかな強さによる
揺れても揺れても折れないような、たおやかさだと思う。

のんたん

>それにしても、明治からの家父長制というのは男も女も深く傷つけてるね。

→本当にそう思います。

最近やっと見えてきました、無理してる男性が。強がっている男性が。
(頭で理解している時とちゃんと感じて腹落ちした時の見え方、感じ方が本当に違うものですね)

家父長制の考え方のお陰で、毎日無理しなきゃいけないのは辛いねと。

>そんな男の中の男なんて基本おらんのよ。日本の男には。
>(情が絡めば強かったりするけれども、ロジックでドライになんて動けない)

→昔々、男の中の男を探してました(笑)
ええ、いないです。
ほんとーにいないです。

そして「ここは、(感情ではなく)ロジックでドライに動かないと色々歪むでしょ!」と
男性に怒っていた昔の記憶が蘇りましたが、そうゆうことなんですね…そっか、大多数はロジックでドライはできないんですね。納得です。

>今までのアンちゃんも、そういう家系の歪みを糺す役割があったのかもね。

→私もそんな役割があることを薄っすら感じていたように思います。
おば2人の早世と祖母と母の生き方を振り返り、最近何となく認識できるようになっただけで、多分あったのかなと感じています。

男性にとにかく従順な(忖度ばかりの)女性の生き方、常に男性のように振る舞うオス化した女性の生き方――

私にはどちらもできないな、と諦めました。

だからこそ女性の生き方について色々模索してきたし模索中ですが、のんたんがずっと発信してくれていた「たおやかさ」は意識していています…

と書きながら、対面セッション時の、のんたんの着物姿を思い出しました。
清楚で可憐、そして凛としている女性の姿。

たおやかさを具体的にイメージすることはできなかったんですが、私にとってのたおやかさは、のんたんが魅せてくれたあの姿なのかもしれません。

アン

なんか不思議なんだけど、最近男女関係のご相談が増えてきた気がする。

やはり男(陽)と女(陰)の関係性がテーマとしてあるのかもしれない。

だからこそ、この家父長制に影響されて歪んできた部分があるんだよ、って知らせたいのです。

私たちの10~20代くらいまでって、恋愛至上主義文化だったでしょ。
恋愛教だったでしょう。
「女の子は恋の魔法で幸せになれる✨」

その概念では基本幸せにたどり着けないわけだけれども
(そもそものフレーム自体が非現実的すぎる)
次元を上げていくならば恋愛という行為自体は悪ではない。

なぜなら、結局は神との恋愛になっていくから。
その神というのは自分の内にもいるし、他者の内にもいる。
つまり、人類みんな大好きになれる可能性を秘めている。それが高次の恋愛。

なので、最近男女関係の相談が増えているのかなと思った次第です。

のんたん

懐かしい!
10〜20代は恋愛至上主義文化でしたね。
私は恋愛にとっても興味があるフリをするのに必死でした(苦笑)

高校生の時友人に、恋愛と友情の共通点と相違点を伝え、
「だから恋愛(男女の愛)だけもてはやされるのっておかしくない?」
と呟いたら、
「は?」
という顔をされ、それ以来その考えは封印して、世間が求める恋愛を頑張りました(笑)

世間が魅せるキラキラで素敵な恋愛や結婚。
よくよく考えると筋が通らないことだらけ。
早々に頑張るのは辞めましたが。

結局、高校生の私が感じていたことは、世間が騒ぐ男女の愛は、人間の感情や本能に基づくもので、本当の愛はもっと別のものなのでは?
ということ。

のんたんの言葉を借りれば、本当の愛は、人類みんな大好きになる可能性を秘めている。

今私は今まで興味がなかった男性のリアルを見ています。
もしかしたら私も、高次の恋愛 というものを求めているのかもしれません。

それにしても男女関係の相談が増えた理由がここに繋がるとは。面白さと驚きがありました。

アン

恋愛至上主義になった結果
「人生こんなはずじゃなかったのに」
「結婚したらハッピーエンドになるはずだったのに」
と落胆させられてきた人は大勢います。

だからこそ、今の10代20代は恋愛に比重を置かない傾向がある。
私たちの背中を見て、賢く学んでおるのです。

一方で、AIが台頭してきた今の時代に人間が生きる価値は
「感情を動かすこと、感性を使うこと」
になります。

となると、恋愛はポジティブな選択肢として舞い戻ってくる。
だって、恋愛は感情と感性を使うものですから。

その恋愛をただ
「好き好き好き一緒にいたい自分だけ見てほしい」
という低次のものから
「あの人が輝けるように、自分ができることすべてを捧げよう」
という高次の、最終的には神へ愛を捧げるものに進化させていく。

これがAI時代に輝いて生きるモデルの一つになるのかもしれません。
そのシグナルとして、恋愛相談が増えている。

面白いです。

Lindenbaum Nozomi

これからの時代の高次に至る愛の形。
ひとつのヒントを示してくれているのは、フィギュアスケートのりくりゅうペアかもしれません。

執行草舟先生は、りくりゅうペアが素晴らしいからこそ
「付き合ってるんでしょ?」
「結婚しないの?」
と男女関係に持ち込もうとすることに違和感を示しておられます。

動画5:00頃~

こういうね本当の男女平等がもう成し遂げられてる仕事でね、ビジネスで時代に来て
男と女が息を合わせて本当に信頼関係で訓練し、2人で友情でね、愛情もあって、一緒に何かの業績を成し遂げてるわけだよ。

これがノーベル賞の研究かもしれないし、今話したのはペアのフィギュアスケート(りくりゅうペア)だよね。

それが今度は、素晴らしいペアだから「なぜ結婚しないんだ」とか「え、恋人じゃないの?」とか言い出す。

これはね、本当に改めないとダメよ。

動画9:00~

りくりゅうペア。あれほど素晴らしい恋人や夫婦なんか見たことないです。

素晴らしかったら、恋人なのか?夫婦なのか?
そもそも夫婦ってものが、そんなに素晴らしいのかってことよ。

りくりゅうペアほどのすごい信頼感の夫婦なんか(現実には)ないです。
だから混同するな、ということだよ。

夫婦の間に信頼感がないから
「りくりゅうペアを参考にして私たちもあれほどの信頼のある関係になろうね」
っていうなら分かるよ。(中略)

「りくりゅうペアは結婚しないのか」なんて大きなお世話。
あの二人は(あのままでも)真の友情愛情なんだよ。
だからりくりゅうはペアとして最高なわけ。
世界最高なわけだから金メダルも取れた。

「だから結婚しなきゃいけない」なんておかしいってこと。

低次の「好き好き好き、一緒にいたい」恋愛から脱皮しましょう、というメッセージを感じます。

性欲に引っ張られるのではなく、相手の魂を愛するような関係。
出発点は性エネルギーでも良いのです。しかし、そこから性エネルギーを高く昇華させて関係を作ると、りくりゅうのようになれる。

今の時代には高次の、男女関係があっても良いのではないでしょうか。

(もちろん、りくりゅうが結婚してはいけない、ということではないですよ。結婚しなくても、恋愛関係になくても、男女は素晴らしい関係を築ける可能性があるということをお伝えしたいのです)

私の参加しているオンラインコミュニティ「ゆにわ塾」では、御霊磨みたまみがきのために結婚なさっている方がいらっしゃいます。

師匠である北極老人と奥様とゆにわの長尾社長を支えるためのユニットとして結婚している。あるいは師匠から「この人と結婚してみたら」と提案されて自分を磨くための修行として結婚している。恋愛感情ありきの結婚ではないのですね。

これも、これからの時代の高次の男女関係のヒントになるのではないでしょうか。

性欲でつながるのではなく、魂でつながる。
今の流れには、そのような胎動を感じます。
面白いですね。

ここまでお読みいただいたあなたに、愛ある関係が降り注ぎますように。
心よりお祈り申し上げます✨
感謝。

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