「普通だったら、こんなこと上手くいかないよね。すごい!」
こんな経験をしたり、周りの人の話を聞いたことはありませんか。
それは、他力が入ったから。
目に見えない世界のサポートが入ったから、そうなったのかもしれません。
私たちは皆、目に見えない存在から守られ、導かれています。いわゆる守護霊とか指導霊とか守護神と呼ばれる存在です。
そういう存在のサポートが入ると、普通では起こらないことが起きます。奇跡を、感動を体験します。
しかし一方で、最近。
こんな話を耳にします。
「守護霊のいない人が、増えている」
守護霊のいない人の特徴

この話を聞いたとき、私は耳を疑いました。
「そんなはずはないでしょう」と。
どんな人であっても、守ってくれて導いてくれる存在はいる。どんな人にもそういう縁がある。
私はそう感じていたからです。
しかし、視点を変えてみると「そうかもしれない」とも思いました。
「守護霊のサポートを受け取れていない人はいる」
しかも、そういう人は増えている可能性がある、と。
その現象を「守護霊がいない」と表現しているのであれば、守護霊がいないという現象にも納得がいきます。要するに、目に見えない存在のサポートが受けられていない状態です。
私が思う、守護霊のいない人の特徴は以下の通り。
- 身体感覚や心の感覚が鈍っている
- ネガティブで「今ここ」にいない
- 生きていることに感謝の気持ちがない
このような状態だと、目に見えない存在たちがいくら助けようとしても、そのサポートを拒絶してしまいます。悲しいことです。
切れてしまった「縦のつながり」

このような閉じた感覚になってしまうのは、現代生活では致し方ない面もあります。
一日中室内にこもってデジタルデバイスを眺めていたら、体の感覚も心の感覚も鈍くなって当然です。
加えて、現在は日常生活で先祖を感じることが難しくなっています。
仏壇のない家は多いし、墓じまいをすることも珍しくありません。
自分の今住んでいる地域に、どんな歴史があったのかもわからなかったりします。先人の努力によって今の生活が成り立っているという感謝を、持ちにくいことは確かです。
つまり、「縦のつながり」が切れてしまっているのです。
縦のつながりがないと、当然ですが高次とのパイプも細くなります。サポートが受け取りにくくなります。
つまり、これが「守護霊のいない人が増えている」現象の原因ではないか。
私はそう感じております。
今は努力(自力)だけでは難しい。
直感や運(他力)のお力を借りる必要のある世相です。
そんなときに、よりによって守護霊の助けが得にくい人が増えているとはなんという皮肉でしょう。
ですから、私は今回ルーツヒーリング合宿を企画いたしました。
自分の先祖とのつながり、守護霊団とのパイプを太くしていただきたいと考えたからです。

真の親孝行、先祖供養とは
ここからは余談となります。
執行草舟先生の「真の親孝行、先祖供養」の定義が素晴らしいので、シェアさせてください。
動画2:45頃~
親孝行っていうのは、今の多くの人が勘違いしてるところを言っておくと
親の言いなりになったり
親の言うことを
全部聞くことではない。
あの、先祖孝行も全部そうなの。
先祖の言いなりになることじゃないの。
(我々は)先祖とか親から元々この身体をもらったわけ。
このもらった身体を、俺の言葉で言うと、
完全に燃やし尽くす。
完全に使い尽くす。
それが真の親孝行、真の先祖供養なの。
俺はすごく親孝行な人間。
本当の親孝行をするために、俺は親父から最後まで勘当(縁切り)されてたから。 なんで勘当されたかって言うと、真の親孝行をするためなの。
つまり親からもらったこの命を、本当に自分の運命に対して、使い尽くす。投げ捨てる。
そういう人生を送らなきゃいけないわけだから。
それがたまたま親父とは人生観が違ってて、親父は認めない生き方だったわけ。
でもこれは現世では仕方がない場合がある。
ここで親父に折れて、親父の思うような人生を送って俺が不平不満な人生をもし送ったとしよう。
これは親孝行ではないの。
これが、 自分の生命の責任を親のせいにしてるだけで、 自分がダメだった人生(を送ったということで)逆に親を恨むことになるわけ。
本当に親に感謝するためには、自分自身が素晴らしい人生を送んなきゃいけないわけ。
素晴らしいっても成功しろってんじゃないの。
燃やし尽くす。
自分の体を使いきる。
もうボロボロになるまで使いきる。
で、死んでいく。
親からもらったものを使い切って死ぬ。
本当に、その通りですね。
今やっているリンデンバウム基礎講座のテーマの一つが「地球卒業」です。
この世界をきれいに去っていく。
そのためには、やりきって死ぬこと。
つまり、命を生き切ること。
今を全力で生きる。
「今ここ」にフォーカスし、命を燃やす。
それが最高の親孝行であり先祖供養であると執行先生は説きます。
親の言いなりなるのではなく、先祖に振り回されるのではなく、自分の命を最大限に生かすことこそが親孝行であり先祖供養であると。
私も、そう感じます。
私も、生き切ります。
あなたも共に、いのちを燃やしませんか。
熱く、生きませんか。
「今、自分はまさに生きている」という実感を持って。
命を燃やす光で、世界を愛で満たしませんか。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
あなたに愛と光が降り注ぎますよう、心よりお祈りしております。



